大判例

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函館地方裁判所 昭和34年(ヨ)91号 判決

債務者 佐藤彰朔

債権者 国

訴訟代理人 杉浦栄一 外四名

主文

債務者は、北海道奥尻郡奥尻村幌内所在の別紙(一)図面記載の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を直線で順次結んだ地域内の土地に立ち入り岩石を掘採し、及び右土地内に存する掘採ずみの岩石を搬出してはならない。

債権者の委任した執行吏は前項の趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

債権者指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、

債務者訴訟代理人は「本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする。」との判決を求めた。

第二、債権者の主張

(一)  北海道奥尻郡奥尻村幌内所在の別紙(一)図面記載の緑色を施した部分の土地は、債権者の所有地で、江差営林署長の管理するいわゆる国有林野であるが、債務者は右土地内の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次直線で結んだ区域内の土地(以下本件土地という)において右土地の管理にあたる江差営林署職員の再三の制止にも拘らず自ら又は第三者を使用して同地内に賦存する講学上玻璃質流紋岸と呼ばれる岩石(以下本件岩石という。通常黒曜石或は真珠岩などとも呼称される。)を掘採し、これを同地外に搬出し更に船舶により奥尻島外に輸送している。この回数、量屯は少くとも別紙(二)表のとおりである。そして、本件岩石は鉱業法上の鉱物ではなく本件土地の一部をなしているのであるから債務者の右行為は債権者の土地所有権を現に妨害するものに外ならない。

よつて、債権者は本件土地所有権に基き債務者に対し妨害排除を請求する権利を有する。

(二)  債務者は別紙(二)表のとおり長期間にわたり、かつ本件仮処分申請後においても、本件岩石を掘採し続け、更に本件岩石を掘採搬出するため、大々的に労務者を現地に入れ、本件土地附近の国有地内に不法に木造の飯場小屋建坪一二坪位を建築し、この建物に岩石掘採器具機材等諸物資を搬入して益々本件岩石掘採の意図を鞏固にしている。かゝる債務者の法を無視した行為を放置するならば、森林経営の目的である国土保全の目的は阻害され林野行政上重大な支障を生ずるに至るのみか、本件岩石が国有林野に存することから考えれば債務者の右岩石の掘採搬出は明らかに刑罰法令に触れる行為である。

加えるに、度量なる債務者の本件岩石掘採搬出行為により益々本件土地所有権は侵害せられているが、債務者の資力を考え併せるとき、今後も増大するであろう債権者の損害の回復を債務者に求めることは極めて困難である。かようにして債務者の不法掘採搬出を禁止する旨の仮処分決定を求める必要性は甚だ大きいのである。

よつて本件仮処分申請に及んだ。

(三)  債務者の主張(二)のうち債務者がその主張のような試掘権設定認可をうけてその登録がなされた事実は認めるがその余並びに同(三)は否認する。

本件岩石は鉱業法第三条の「けい石」に当らない。

(四)  仮に本件岩石が「けい石」であるとしても、債務者主張の後志国試登第四五一〇号けい石試掘権として登録された試掘権(以下本件試掘権という)は既に消滅している。

即ち、

(1)  本件試掘権は昭和二九年一一月四日設定登録され債務者の右試掘権存続期間延長許可申請に基き昭和三二年一二月五日札幌通商産業局長は本件試掘権の存続期間を昭和三三年一一月四日まで延長する旨の許可を与え即日その旨の登録を経たが、昭和三三年七月四日再び債務者から本件試掘権存続期間再延長の許可申請がなされたところ、同通産局長は昭和三四年四月六日これに対し不許可処分をなし、債務者に同月八日その旨通知したので右試掘権は、昭和三三年一一月四日期間満了により消滅した。

尤も、債務者の申立により札幌地方裁判所は昭和三四年五月一一日右延長不許可処分につき執行停止決定をなしたため、右処分の効力発生が一時停止されたが、同裁判所が昭和三六年二月二六日右執行停止決定を取消したから前記延長不許可処分の効力が生じ、よつて右試掘権は前記期間満了の日に消滅した。

(2)  本件試掘権が右期間満了とともに消滅していないとしても、鉱業法第一八条によれば試掘権の存続期間は設定登録の日から二年とされ、その期間は試掘権者の申請により二回に限り延長できることとなつており、延長期間は一回ごとに二年計四年が限度とされているので、本件試掘権は遅くとも設定登録後六年を経過した昭和三五年一一月四日の経過とともに消滅した。

よつていずれにしても本件試掘権は消滅したのであるから債務者は本権岩石を掘採する権限を有しない。

(五)  債務者の主張(五)のうち、債務者がその主張の日その主張賤ような採掘権設定許可申請をしたこと、今なおこれに対する許否の処分がなされていないことは認めるがその余の主張は争う。なるほど債務者から施業案なる書面が前後一〇回にわたり提出されたことはあるが、いずれもけい石の探鉱、掘採を目的としたものでなく、鉱業法所定の施業案でなかつたから、すべてこれを受理せず返戻の処置をとつた。債務者主張の資源庁鉱山局長の通達は適法な施業案が受理されたことを前提としているのであつて債務者の場合はこれに該当しない。

債務者主張の採掘出願は本件試掘権の消滅後になされたものであるが、仮に右採掘出願が試掘権存続期間中になされたとしても、試掘権存続期間満了前に採掘権の出願に対し許否の処分をなすことは好ましいことではあるが、現行法上通産局長はかゝる処分をすることを義務付けられてはいない。

また、採掘出願後に試掘権存続期間が満了した場合には、試掘権存続期間延長申請後に当初の試掘権存続期間が満了しても延長申請が拒否されるか又は延長の登録があるまで当初の試掘権が存続するものとみなされる旨の鉱業法第二〇条の如き規定が設けられていないから、採掘出願が認可される以前に試掘権の存続期間が満了したときは、当該試掘権は消滅する。

(六)  仮に試掘権が消滅していないとしても、右試掘権鉱区は債権者所有の本件土地内に存するのであるから、債務者は本件土地を使用するにつき債権者の承諾を得なければ本件土地に立入り探鉱することができない。しかるに債務者は右土地使用につき債権者の承諾を得ていないから本件土地の使用は勿論、土地に立ち入ることすらできないものである。

(七)  債務者の主張(六)のうち、函館地方裁判所昭和三三年(ヨ)第四〇号仮処分申請事件につき仮処分決定がなされたことは認めるがその余の事実はすべて否認する。

尤も債権者が債務者に対しその主張の頃飯場小屋並びに飲料水路の敷地として本件国有地(前記緑色を施した部分)の一部区域の使用を許可したことはあるけれども、その区域は本件土地の外に存在する。のみならず右の使用許可は期間を昭和三四年七月三一日までと限定したのであるから、債務者は同年八月一日以降右土地を使用する権利を有しない。

第三、債務者の主張

(一)  債権者の主張(一)の事実中別紙(一)図面記載の緑色を施した土地部分が債務者の所有地であること、債務者が本件土地内に賦存する玻璃質流紋岩と呼ばれる岩石を掘採して搬出し、別紙(ニ)表(1) ないし(6) のとおり奥尻島外に輸送した事実は認めるがその余の事実は争う。本件岩石は採石法上の岩石ではなく、鉱業法第三条に定められた「けい石」である。

(二)  債務者は昭和二九年一〇月二〇日札幌通産局長から本件土地を含む土地を鉱区としてけい石試掘権設定の認可を受け、同年一一月四日後志国試登第四五一〇号けい石試掘権の権利者として鉱業原簿に登録された。

債務者が本件土地内で採掘している本件岩石は右試掘権の対衆である「けい石」に外ならないから、債務者は本件土地において右岩石を採掘する権原を有する。

(三)  右岩石が鉱業法第三条に定める「けい石」であることは大要次のとおりである。

「けい石」とは無水珪酸(SiO2)を主成分とする鉱物又は岩石で、その無水珪酸分の物理的化学的性質が産業上有用であるものと解すべきである。

債権者は本件岩石を岩石と云う表現を用いてこれを恰も採石法上の岩石のように主張するも、本件岩石は岩石であつても鉱業法所定の鉱物である。鉱業法所定の「鉱種名」の多くは鉱物学上の「鉱物名」又は岩石学上の「岩石名」と同一ではない。即ち、鉱業法所定の「鉱種名」に該当する鉱物が鉱物学上又は岩石学上一個の名称を有することは極めて少く、その大部分は鉱物学上及び岩石学上いくつかの特定した鉱物又は岩石を総称している。

例えば、銅鉱なる法定鉱物として認められている鉱物学上の鉱物は、自然銅(Cu)、黄銅鉱(CuFeS2)、斑銅鉱(Cu5FeS4)、銅藍(CuS)、輝銅鉱(Cu)等であり鉄鉱は鉱物学上の自然鉄(Fe)、磁鉄鉱(Fe3O4)、赤鉄鉱(Fe2O3)、鉄鉱(Fe2O3nH2O)等を指し、硫化鉄鉱は、鉱物学上の黄鉄鉱(FeS2)白鉄鉱(FeS2)磁硫鉄鉱(FexSy)を指し、その他法定鉱物の「水銀鉱」、「マンガン」「モリブテン」等も鉱物学上数種の鉱物を指している。そしてこのことは非金属の場合も同じである。例えば法定鉱物たる「石こう」は鉱物学上石(CaSO4H2O)、の外に透石膏、硬石膏(CaSO4)があり、法定鉱物「長石」なる名称の特定鉱物は鉱物学上存在せず、長石属又は長石類として、加里長石、曹長石、灰長石、斜長石がこれに該当する。かように鉱業法上の鉱種名が鉱物学上の鉱物、岩石学上の岩石の名称と一致していない場合が多い。されば鉱物学上又は岩石学上の名称が鉱業法上の鉱種名と異るからと云つて法定鉱物でないとは云えない。岩石名は岩石そのものの実体を完全に表現したものでなく、とりわけ火成岩の命名は通例鉱物の組合せによるがこの組合せは無限であるからその命名も限りなくなされ、全く人為的なものであつてその岩石名をとつて、鉱業法上の鉱種名に対照することは全く危険である。そこで通産省の従来の取扱も、具化石なる岩石をその化学成分が石灰分(CaCO3)四六、三%を含有し、有用価値あるため法定の「石灰石」として認め、「トラバーチン」なる岩石を、その化学成分が酸化カルシウム(CaO)を、五一、二二%含むのみで、他の石灰石のように炭酸カルシウム(CaCO3)を含まないうえ、その用途も化学成分の物理的化学的性質を利用するのでなく、その全体的外形と表面の色彩のため建築用材として利用されるにも拘らず有用価値があり、化学成分が石灰石に類似する故に、法定の「石灰石」と認めていたのである。即ち従来鉱物が、その鉱物学上或は岩石学上の名称と異る法定鉱種名をもつて認可される取扱がなされていたのであり、之は出来るかぎり地下資源を利用せしめんとする法の意図と方針を具現したものである。

そこで法定鉱物は如何にして認可さるべきか、というに

(イ)  出願の鉱種名の目的物が法定鉱種名に該当するか否かはまず、従来通商産業局長において認定して来た実例に依り認定すべきである。

(ロ)  従来の実例に該当しなくとも出願地域に存在する原鉱石の組成鉱物や化学成分或は用途が従来法定鉱物と認められたものと同一又は類似し、かつ有用価値あるときはその法定鉱物と認むべきである。前述の具化石、トラバーチンを「石灰石」として認め、磁硫鉄鉱(FexSy)を法定の「硫化鉄」として認めた取扱もこの趣旨に出たものである。

右のように有用価値あるものは既成の法定鉱物に準じて認定していることは法律の類推適用にも通ずる。

即ち、法律の類推適用は或る事項に直接適用さるべき規定がない場合であつても、その事項に、本来の性質において類似する事項に関する規定を類推することが法秩序の上から合理的であるためなされ、幾多の判例を生んでいる。そこで、仮りに本件岩石が従来産業界で云われていた「珪石」に当らないとしても「珪石」とその化学成分及び用途が類似しているからこれを類推して法定の「けい石」と認めるのが相当である。

(ハ)  また出願鉱物の用途は公序良俗に反せざる限り限定さるべきでない。通産省当局も従来この趣旨の取扱がなされていたものであつて、けい石の用途を窯業材料に限定するのは相当でない。

(ニ)  凡そ地下資源で産業上有用なものはすべて認可すべきでその成立及び産状によつて制限すべきでない。ただ、海底、河川辺に存し鉱業法上の作業技術を要しないものは鉱業法上の鉱物ではない。かような見地から取扱つた従来の取扱例もある。

(ホ)  或る岩石を法定鉱物と扱うためのその鉱物含有量に絶対値はなく、埋蔵量、地理交通関係、その時代の技術水準、経済事情その他の情況を綜合した稼行価値があるか否かによつて認めるべきである。

本件岩石の実体について。

本件岩石の産地は奥尻島の北部に位し、地質は新世第三紀末期に属し、凝灰質砂岩、砂質頁岩との互層より成り、その基底部は輝石安山岩、花崗岩系の岩石であつて、地殼より噴出せる珪酷質岩漿の上昇迸入によつて古生層岩石が珪化作用を受けて著しく変質したものの如く、本件岩石は玻璃質流紋岩と一般に云われて、色は淡黒色、光沢は半透明玻璃、流状をなし、その主構成鉱物は石英、玻璃長石、酸性斜長石、黒雲母、玻璃等である。その化学成分は平均して、無水珪酸七五・九七%、ばん土(酸化アルミニューム)一四・八四%、アルカリ(曹達、加里)六・六%その他である。しかし、玻璃質と云つても、十勝の黒曜岩のような介殻状を為さず、伊万里の真珠岩のような真珠状を為さず、又鳳来寺山の松脂岩のような樹脂光沢を有しないもので他に類を見ない。これを粉砕し焼成するときは真白く十倍以上に膨脹するから極めて軽量であつて、之をブロック等に用いるときは耐熱、耐寒、防音、防湿、電気絶縁の性能を有し、之を建築軽量材として使用するときは鋼材が従来の二分の一にて足り建築費を著しく節減することができる。右岩石はその他鋳砂、製鉄媒熔剤、特殊セメント混合剤、ろ過剤、断熱に使用又は壁塗、煉瓦、パイプカバー、撤詰絶縁、漆喰、石膏、薬材、鉱板、ルーフデッキに或は又細粉として吹付原料となし、汽車や自動車の塗替、小さいものに至つてはテーブル、机、装飾品等、その用途が極めて多く八十種以上に及ぶ。かように本件岩石は極めて経済的で利用価値が大きく、社会福祉に貢献するところが著しいものである。

そして、右岩石を含有する鉱床は高さ三九米、巾七三米し大露頭にて現出し、その走向は西三〇度南傾斜三〇度北を示し、鉱床の厚さは本鉱区の上頭部である勝澗山の頂上まで殆んどその累層をなし、本鉱区全域にわたつて賦存している。

かような本件岩石は前記の基準に照せば法定の「けい石」に当るというべきである。

(四)  債権者の主張(四)の事実中、債権者主張のとおり、本件試掘権が設定され第一回の延長許可申請が許可されてその旨の登録がなされたこと、第二回の延長許可申請が不許可となり札幌地方裁判所において右不許可処分につき執行停止決定がなされたがこの決定は取消されたこと、及び本件試掘権の設定登録後六年が経過したことは認めるが、本件試掘権が消滅した旨の債権者の主張は争う。

(五)  本件試掘権はその登録後六年を経過したが、次の理由でなお存続しているものとみなされる。

(1)  債務者は、本件試掘権の設定登録を経由した後、昭和三一年三月二九日その事業実施のため鉱業法第六三条第一項により施業案を札幌通産局長に提出して、事業に着手した。(試掘権者が施業案を提出した場合事業に着手したものと取扱われる点につき、資源庁鉱山局長の「鉱業法の解釈および運用に関する通達の送付について」と題する昭和二六年五月一一日附の通達参照)次いで、債務者は昭和三一年七月三〇日本件試掘権に基くけい石探鉱(採掘事業)の目的で本件試掘権の鉱区内の国有林二六班に小班に飯場兼事務所用建物等の敷地の賃借方を江差営林署長に申し入れたところ、同年八月六日同署長はこれを承諾したので、債務者は右賃借地上に木造柾葺平家建飯場兼事務所を建築し、飲料水の設備を設けた。

(2)  債務者が本件試掘権に基く採掘事業を本格的に始めたのは昭和三四年五月以降であるが、爾来現地奥尻島の本件試掘権の鉱区には多数の鉱夫が掘採並びに運搬に従事し、掘採された原鉱石は現地より海上輸送を経て函館市内の工場まで運送され同工場にてクラッシャーにより粉砕されたうえ回転熔炉機により摂氏千度内外の高熱にて焼成し更に回転選別機にかけて粉種別に選別され各粉種毎に袋詰にして東京方面に販売されている。

(3)  債務者は昭和三四年五月三一日本件試掘権の鉱区に対し右試掘権と同一内容のけい石採掘権設定の出願をなした。かように試掘権に基き事業を実施している試掘権者が試掘権存続期間中に採掘権設定の出願をし、かつ試掘権存続期間満了に際し採掘権設定促進願を提出したときには通産局長は採掘権設定を許可すべき義務を負うこととなる。そして若し通産局長が右試掘権存続期間満了までに採掘出願の許否を明らかにしないときは試掘権は存続するものとみなされて試掘権者は右期間満了後も事業を実施しうる慣習法が存在する。(債務者の昭和三五年一一月七日附準備書面には「慣習」と記載されているがその主張全体から合理的に解釈するとそれは「慣習法」の趣旨であると解される。)そうでなければ、それまで継続して来た事業を右期間満了により中止せざるをえぬこととなり、この事業に従事する鉱山労務者が失業するに至るばかりでなく、事業者も莫大な損害を蒙ることとなるのである。大審院昭和一〇年二月二八日の判決(民集一四巻上二三八頁)も間接に試掘権存続期間満了後の事業実施権を肯定している。又、全国の鉱業権者の団体である日本鉱業協会は昭和三四年八月二〇日現鉱業法改正審議会に対し「稼行中の試掘鉱区につきその採掘転願中に試掘権が満期となつた場合でも採掘権設定に関する決定があるまでは当該試掘権が存続しているものとみなすとの規定を設けること」の要望意見を提出したが、これは前記現存の慣習法を明文化しようとしたものである。

(4)  債務者は札幌通産局長が前記の採掘転願に対し許可をしないので昭和三五年一〇月六日右採掘権設定許可促進願いの願書を送付し、この願書は翌七日同通産局長に到達した。よつて、同通産局長は本件試掘権存続期間の最終日である同年一一月四日までに前記採掘転願の許可をなす義務があるところ、同日までに右の許可を与えなかつたので、本件試掘権は前記の慣習法によりその後も存続するものとみなされる。なお債権者の主張(六)は争う。

(六)  債務者は函館地方裁判所昭和三三年(ヨ)第四〇号仮処分申請事件において債務者の有する鉱業権の妨害禁止並びに本件岩石の採掘を許す旨のいわゆる仮の地位を定める仮処分決定を得たので、本件土地に立ち入り本件岩石を採掘する権利を有する。又債務者は昭和三一年八月六日江差営林署長から本件試掘権に基くけい石探鉱(掘採事業)のための飯場並びに飲料水路の敷地として、本件土地の一部を賃借し、この土地の上に木造柾葺平家建事務所兼飯場小屋を建築し後にこれが破壊されたので再び同一構造坪数の建物を建築所有している。

右のとおり債務者は本件土地の一部につき建物所有を目的とする賃借権を有するのであるから本件土地に立入り本件岩石を掘採する権利を有する。

(七)  本件仮処分申請には必要性が存しない。

債権者は、債務者の本件岩石掘採が国土保全を害するというが、札幌通産局長は債務者に本件試掘権の設定をするに際し鉱業法第二四条により本件土地の管轄庁と試掘権設定につき協議をしているはずであるから、仮に本件岩石掘採により森林の保護、造林その他国土保全上支障があれば、債務者の試掘権に制限が附されたものと思われる。しかし、かような形跡はみられないから、本件試掘権の設定当時その様な国土保全を阻害するものと考えられなかつたとみる外はない。のみならず、債権者は訴外道南開発産業株式会社に対し本件土地内の本件岩石を「土石」として払下げたのであるが、その際同会社が本件岩石を運搬するため道路を新設し、多量の立木を盗伐しているのにこれを黙認している以上、債務者に対し本件岩石の掘採自体をもつて国土保全を害すると云うのは正当でない。

また、本件鉱区は国有地に続き奥尻村村有地にも及んでいるが、同村議会はこの村有地に賦存する本件岩石を本件外日本セメント株式会社に掘採せしめることを議決した。(同会社は同村に対し金一千万円の寄付申入をしている。)村有林において許される行為が国有林で許されない理由は見出されない。以上のとおり、本件仮処分申請には保全の必要が存しないから、この点においても失当であつて却下さるべきである。

第四疏明方法〈省略〉

理由

別紙(一)図面記載の緑色を施した部分の土地が債権者の所有地であること、債務者が右土地内の同図面記載(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次直線で結んだ区域内の土地(本件土地)において右土地内に賦存する講学上「玻璃質流絞岩」と称される岩石(本件岩石)を掘採して搬出し奥尻島外に輸送していることは当事者間に争いがない。

債務者はその主張(二)記載のとおり本件試掘権の権利者として本件土地内において本件岩石を掘採しこれを取得する権利を有すると主張し、本件試掘権が本件土地を含む土地を鉱区として設定されたことは当事者間に争いないが、鉱区たる他人の土地に立入り試掘権の対象となつている鉱物を現実に掘採するためには、試掘権を取得したのみでは充分でなく、さらに右鉱区の土地所有者の承諾を得るか又は鉱業法一〇六条以下に定められた手続により右土地に関する権利を取得するを要するところ、債務者はこの点につきその主張(六)後段記載の主張(この主張が本件土地において本件岩石を掘採しうる抗弁として理由のないことは後記のとおり)以外になんらの主張をしないので、債務者の主張(二)はそれ自体では本件土地において本件岩石を掘採しうる抗弁となり得ないのであるが、なお本件試掘権が消滅したか否かについて考察する。

債務者が昭和二九年一〇月二〇日札幌通産局長より本件土地を含む土地を鉱区として本件試掘権設定の認可を受け、同年一一月四日後志国試登第四五一〇号けい石試掘権の権利者として鉱業原簿に登録されたこと、札幌通産局長が、昭和三二年一二月五日、債務者からの本件試掘権存続期間延長許可申請に基き右試掘権の存続期間を同三三年一一月四日まで延長する旨の許可を与えたが、同年七月四日債務者から本件試掘権存続期間再延長の許可申請がなされたところ、同三四年四月六日右申請に対し不許可処分をしたこと、札幌地方裁判所が債務者の申立により同年五月一一日右不許可処分につき執行停止決定をしたが、同三六年二月二六日右決定を取消したこと、及び昭和三五年一一月四日本件試掘権設定登録の日より六年を経過したことはいずれも当事者間に争いがない。

債権者は、債務者からの前記第二回の延長許可申請が不許可となつた結果、本件試掘権は第一回の延長期間満了の日である同三三年一一月四日期間満了により消滅したと主張するが、その当否はともかくとして、本件試掘権は遅くともその設定登録の日である昭和二九年一一月四日から六年を経過した同三五年一一月四日期間満了により消滅したと認めるのが相当である。

すなわち、鉱業法第一八条には、試掘権の存続期間は登録の日から二ケ年とし、この期間は試掘権者の申請により二回(石油を目的とする試掘権については三回)に限り延長することができ、延長する期間は一回ごとに二年とすると規定されている。そして試掘権は将来取得すべき採掘権の準備調査のための権利であるから鉱業法はこれを有期のものとし、試掘作業の促進を図るとともにその実施に支障なからしめるため存続期間を二年と法定する一方、具体的事情により二回(計四年)に限り延長しうることとしたのであるから、同法二〇条は前記のように試掘権の設定登録後当初の存続期間二年と法定の最長延長期間四年を合算した六年を経過した後においては適用がないと解すべきである。

よつて、本件試掘権は遅くとも昭和三五年一一月四日の経過とともに存続期間の満了により消滅したと認めるのが相当である。

債務者は、右存続期間満了後であつても、債務者が本件試掘権に基き事業を実施し、かつ右試掘権の存続期間中に札幌通産局長に対し同一鉱区同一鉱物の採掘権設定の出願をしたのに同通産局長においていまだ右採掘転願に関する許否の処分をしていないので、かゝる場合には試掘権の期間満了後も試掘権が存続するものとみなされる旨の慣習法が存するから、債務者の試掘権はなお存続しているとみなされると主張するけれども、債務者主張の慣習法が存することについては債務者援用にかゝる全資料をもつてしてもこれる認めることができない。もつとも成立に争いない疏乙第一〇七号証の三によれば日本鉱業協会が鉱業法改正審議会に対し「稼行中の試掘鉱区につきその採掘転願中に試掘権が満期となつた場合にも採掘権設定に関する決定があるまでは当該試掘権が存続しているものとみなすこと」なる要望意見を表明していることが認められるけれども、それは立法に対する建議に過ぎなく、現にその要望意見通りの慣習法が存するとしているものとは認められないし他にこれを疏明するに足る資料は存しない。そして、「試掘権は本来国に留保された鉱物の掘採取得権能を行政庁の免許処分によつて私人に賦与される公益的性格の権利であつて権利の内容、存続期間、行使方法等が厳しく法定されているから、債務者の主張(五)記載のように本件試掘権の存続期間中に採掘転願をした事実があるとしても、採掘転願の認可がなされる前に本件試掘権の存続期間が満了したときは試掘権者が採掘転願をした場合について鉱業法第二〇条と同趣旨の規定が存しない以上、本件試掘権は消滅すると解するのが相当である。債務者主張のような場合に試掘権が消滅するとこれに基く事業を中絶せざるを得なくなるとしても、試掘権が鉱業経営の準備的試業的段階に対応する鉱業権で存続期間が予め法定されており、採掘権に転化するには改めて行政庁の免許処分を得なければならないのであるから、それは試掘権の性質上已むを得ないところであつて、債務者主張のような試掘権存続の擬制を認める根拠とはなし難い。債務者の援用にかゝる大審院判例は本件と全く異る事案に対するもので本件に適切でない。

してみると、本件試掘権は遅くとも昭和三五年一一月四日の経過とともに期間満了により消滅したものと認めるべきである。

なお、債務者は、その主張(六)記載のとおり、本件土地において本件岩石を採掘する権利を有すると主張するので、この点につれて判断する。成立に争いのない乙第一七号証同第一八号証によれば、昭和三三年四月八日申請人佐藤彰朔被申請人道南開発産業株式会社間の当裁判所昭和三三年(ヨ)第四〇号仮処分申請事件につき右会社に対し本件土地の一部に立入り佐藤彰朔が本件試掘権に基いて岩石を採掘するのを妨害してはならない旨の仮処分決定がなされ、この決定は右仮処分異議事件においても認可されたことを認めることができる。しかし右仮処分決定は前記道南開発産業株式会社に対し、前記のような不作為を命じたに止まり、佐藤のため本件土地において本件岩石を採掘する権利を付与したものではないから、右仮処分決定の存在を理由に本件土地において本件岩石を採掘する権利を有する旨の債務者の主張(六)前段記載の主張は理由がない。

そして、成立に争いのない甲第一七号証ないし同第一九号証によれば、江差営林署長が昭和三一年八月八日本件試掘権に基く探鉱のための飯場敷地飲料水路敷地として債務者に奥尻郡奥尻村国有林江差事業区二六林班(に)小班内の土地〇、〇六七六ヘクタールの使用を許可した事実を認めうるが、証人小田勝男の証言によれば、右使用の許可された土地は本件土地の一部ではないことを認めることができるから、前記使用許可された地域が少くとも本件土地の一部であることを前提とする債務者の主張(六)後段の主張はその余の判断をするまでもなく理由がない。

以上のとおりであつて、債務者の本件土地において本件岩石を掘採する権原に関する前記各主張はいずれも理由がなく、債務者において右の権原につき他に主張疏明をなさないから債務者の本件土地内に立入り本件岩石を掘採搬出する等土地の現状に変更を加える行為が債権者の本件土地所有権に対する妨害であることは明らかである。

そして債務者が将来も大規模かつ企業的に本件土地内に立入り本件岩石を掘採搬出し土地の現状に変更を加える意図を有しその準備をしていることは弁論の全趣旨により充分認められるから、債務者が当初債権者の機関たる札幌通産局長から本件試掘権の設定をうけこれに基き企業を起し、現在操業中であることを考慮に入れても、債務者がこれ以上本件土地の現状を変更する行為の許されないこと明白であつて、債務者のかゝる行為を本案判決の確定に至るまで仮に禁止する仮処分を求める必要性の存することは明らかである。以上のとおりであるから債権者の本件仮処分申請は理由がある。

よつて、債権者に保証をたてさせないこととし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 栗山忍 大西勝也 杉山英巳)

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